販売委託サイトでドラマを売る!
買う!
きらびやかで、グランジで、ドラマチックな@TrustFundGothの物語
- 文: Hazel Cills
- アートワーク: Sierra Datri

泡の命は儚いものです。ぐらぐらと煮え立つ湯の表面に浮かんでくる泡、100円ショップで買ったシャボン玉セットの細い棒の先から生まれる泡。あのはじける瞬間を見たいというあまりに誘惑的な衝動こそ、泡の醍醐味でしょう。泡が大きければ大きいほど、はじける様子も見応えがあります。
文字通りの物理的な泡はちょっと脇へ置くとして、メタファーとしての泡、そう、バブルは、知覚が過大に膨張し、それを現実と信じることで危機を招く現象。本物の泡と同じく、バブルの向こう側は歪んで見えます。
一方で、バブルは、内包するものを守り保護することもできます。隔離地域での小さなグループや仲間、チームやコミュニティは、多くの場合、寄り集まり重なり合うことでもっと強くなる。それぞれの存在意義を保ちつつ、互いに結びつき、力を合わせることができます。
9月がやって来ました。時の流れのなかへ後ずさりするような感覚を連れてくる月です。私たちの世界をあるべき場所へ収めるための慎ましい手順、集団を選び参加する方法、私たち全員の頭上や周囲や内側に存在するバブルに思いを巡らせる月です。私たちの居場所はどこにあるのでしょうか? SSENSEエディトリアルは、1週間をとおして、繊細に、個性的に、拡大し続ける私たちの居場所の定義を考察します。
状態良好な1950年代のビーズ付きカーディガン。当時はプロムで着るのが憧れだったけれど、今は#cottagecoreに登場する長閑な別荘ファッションとなったGunne Saxのドレス。年月を経た服にはどれにも必ず物語があるはずだが、販売委託サイトでそれを耳にすることは滅多にない。ビンテージを掘り出す魅力のひとつは、モノが過去に辿った歴史を引き継ぐ感覚であるのに、大多数の委託サイトは以前の所有者を曖昧にぼかすことに注意を払う。高級品専門のThe RealRealでは、出品されたアイテムが過去数十年間誰かの持ち物であった形跡が、完全に抹消されている。ブランド品はプロのフォトグラファーに撮影され、デパートから拝借してきたような真っ白いマネキンに着せて掲載される。かつてのEtsyとeBayは、思いがけない掘り出し物が埋もれている聖なるサイトだったが、今では何よりビジネス優先だ。
対照的に、出品されている服とそれを自分のクローゼットから引っ張り出してきた女子が繋がっていることが多いのが、Depopだ。このZ世代御用達のアパレル再販アプリに、@trustfundgothというアカウントがある。プロフィールを見ると、ミュージアムが所蔵していてもおかしくないデザイナー アイテムが、溢れているではないか。Aya Takano x Issey Miyakeの2004年秋コレクションからトップスとスカートのセット、Jean Paul Gaultierのミニ ドレス、新品同様のPierre Cardinのモッズなワンピース。「ニューヨークへ越して来たとき、どれくらいでTinderから追い出されるか、試してみようと思ったわけ」。1600ドルで売りに出されたVivienne Westwoodのブーツのキャプションは、そう始まる。「だから、Tinderから閉め出されるために2週間くらい足の写真を売ってみた。職業は『足のモデル』、勤務先は『Venmo』ということで」。ちなみに、Venmoはアメリカの若者に人気がある送金アプリだ。

@trustfundgothでは、フラッシュ撮影された品々と並んで、散らかった室内を背景に、不機嫌な感じのダークブラウンの髪の女子がモデルをしている。この女子は、1万3千人というフォロワーのために、出品のキャプションでカオスな私生活を垣間見せる。「男にどうでもいいメッセージを送り続けて、何週間も無駄にした。そのうち、コピペしてここのキャプションに使えばいいやと思ってたのに、あ〜〜〜〜大失敗。間違えてチャットのログを全部消しちゃった」とは、Alexander McQueenのトップスに添えられたキャプション。お値段は650ドル。Hussein Chalayanの800ドルのスカートは、彼女の母が新型コロナウィルスに感染したというニュースを伝える。「あなたたちのほうが彼女より素敵に見えるのは、絶対確か。『退屈だから』って電話してくるのは、ちゃんとお風呂に入ってからにして欲しいもんだわ」。Balenciagaのドレスのキャプションは、「自分が暮らしてる場所で写真を撮るのは、なんか怖い気がする。この建物で殺されたかもしれない人がいるんだよね。大の男が、瀕死の状態で、ダストシュートの底で見つかったんだって。セルフィーを投稿してたせいだとか、言わないでよ」
強烈なキャプション、ぶっつけ本番で撮影するらしい写真、21歳の学生が一体どうすれば何万ドルにも相当するビンテージをコレクションできたのかという謎のせいで、@trustfundgothは、今やほぼ絶滅した個人ブログに近い印象を与える。「学校から貰える成績の平均点を考えると、私が理由で自殺した人がいないのがいちばん望ましいこと」だから「ひ弱な男性とは付き合わないように」母から忠告された、なんてエピソードがキャプションで暴露されるたびに、厄介な打ち明け話が書かれていたかつてのインターネットを思い出す。女子たちは、誰も読まないだろうという考えた上で、別れたボーイフレンドや擦り減ってるのにどうしても捨てられない靴について、素人くさくてまとまりのない文章を書いたものだ。Depopのアカウントのキャプションに押し込まれた21歳女子の日記は、派手で陳腐な投稿でニッチ セレブになれた時代を彷彿とさせる。ファンタジーの世界みたいなキャプションを読むたびに、フォロワーはもっと見たくなる。@trustfundgothのオーナーの恵まれた暮らしぶりはテレビのシリーズ番組と同じ、キャプションはエピソードみたいなものだ。カオスを強調して、閲覧数を最大限に増やす。お手伝いさんが本当に辞めたのかどうかわからない、John GallianoのTシャツを売りに出したせいで両親がもうお小遣いをくれない、と@trustfundgothは人を小馬鹿にしたような意識の流れを綴る。『ゴシップ ガール』の ブレア・ウォルドーフがOscar de la RentaからJacquemusに乗り換えてブログを書いたら、こんな感じかもしれない。
プロフィールをスクロールしていくのは、彼女たちのクローゼットを覗き見する行為に等しい
@trustfundgothを名乗っているのは、ミカ・コル(Mika Kol)。ニューヨークの金融街に住み、ビジネスを勉強中の学生で、ヒューストンで店員をしていたときにビンテージのコレクションを増やしたという話だ。足の写真を売った、前のボーイフレンドの顔面に蹴りを入れた、などというDepop上の話は実生活の脚色かもしれないが、読み手の好奇心をそそる話であることに変わりはない。どうしようもなく平凡なミニスカートでさえ、コルが着たときの話が添えられると、突如、魅力的に見えてくるから不思議だ。もちろん、彼女のキャプションとバランスの悪い写真をもってしても、例えばDolce & Gabbanaのスーツベストのようにエキセントリックな服を着こなすのは、普通の買い手には敷居の高い難事業だろう。だが、コルのキャプションには衝撃を和らげる作用がある。高価なデザイナー ファッションはランウェイ上の写真と並べて撮影してあることが多いが、彼女の自宅の廊下にくしゃくしゃっと置かれていると、同じものでもはるかに身近に感じる。「あなたの汚い部屋に、このVivienne Westwoodが無造作に放り出されてるところが目に浮かばない?」と尋ねられている気がする。
Depopでも、上手なブランディングがものを言う。明らかに郊外にあるチャリティ ショップで買ってきたような子供用のTシャツが「ミレニアム ベビー Tシャツ」といった具合。だが大半は、@trustfundgothのように、自分の過去が詰まった手持ちの品を売る女子たちのアカウントだ。プロフィールをスクロールしていくのは、彼女たちのクローゼットを覗き見する行為に等しい。それは、1枚ずつ増えていき、過去から現在まで彼女たちのスタイルを形作った物語を読む行為なのだ。ゴシックなプレーリー ドレス、熱烈に信奉する日本のストリートウェア。それぞれのスタイルから、売り手の人物像が浮かび上がる。キャプションでは、「これ売っても、後で後悔しないかな?」という自問が繰り返される。Etsyでビンテージのドレスを専門に売る人たちは、細心の注意を払って、正確な寸法や汚れを事細かに記載しようとするが、Depopの売り手たちはえてしてそんな詳細は無視する。ドレスの正確なウエスト サイズよりは、その品が「私のお気に入り」という売り手の宣言のほうが意味を持つらしい。@trustfundgothは、単にyard666saleと似たようなアカウントではない。「セックスの相手をつかまえるために、肘までの長さのTabiグローブ、Buffalo Londonのシューズ、サンタナ地を使った70年代ツートーンのロングドレスと合わせて」実際にその品を自分で着たことがあるのだ。ヴィヴィアン・タム(Vivienne Tam)は、1995年、アーティスト張宏圖(Zhang Hontu)の漫画チックな毛沢東(Mao Zedong)をプリントしたメッシュドレスで一躍有名になった。なんとこのドレスは、@trustfundgothは会社の業務用カーペットの上に直に置いて撮影されている。2500ドルの値段から察するに、写真の画質と価格は無関係であるらしい。キャプションは「こんなものでどう??? ウォール ストリートから引っ越しても、別に慎ましくなったわけじゃないの。私は断然資本主義!」

@trustfundgothは、かつて栄えたファッション ブログを再現している。2000年代中頃には、ファッション界とはなんの繋がりもない人たちが、現実生活で着ている服を、上出来とは言えない写真で共有した時期があったのだ。セルフタイマーで撮影した写真、非営利団体のショップで調達した服を着て鏡に映った姿を撮影した写真など、おびただしい数のセルフィーは、今や錆びついた感のあるLivejournalやBlogspotといったサイトでシェアされ、おかしな告白的キャプションがついていた。先の見えないアルバイト、新しく手に入れたチェック柄のスカート、夢中になっているセレブ。とりとめのない切れ切れの投稿から、ブロガーたちの生活とスタイルが見てとれた。現在のインフルエンサーたちは、完璧なセッティングを用意した上でブランドからプレゼントされた服を着用し、表立っては宣伝に見えないよう撮影した生気のない写真でフォロワーを獲得する。反対に、完璧ではなくて、垢抜けなくて、着慣れたファッシンを見せるブログは、それ自体が美しかった。ブロガーの人気は、何を着ているかではなく、着ているもので何を語るかで決まった。Depopの売り手たちは、内面から引っ張り出した独白の断片でドレスを包む。あたかも、ギフトを美しくラッピングするように。
Depopを閲覧していると、自分が惹かれているのは商品なのか、あるいはそれを着て、愛して、それについて書いている売り手なのか、ともすればわからなくなる。@trustfundgothがキャラクターだとするなら、次々と更新され、ChalayanやGaultierが頻繁に登場してドラマチックな効果を上げる創作フィードは、私を引き寄せて止まないドラマだ。無機質で清潔なオンライン ショッピングの光景や現代的なブログのスタイルと違って、@trustfungothのデザイナー アイテムは、神経の行き届いた完璧なライフスタイルをひき連れてはこない。ChanelのスカートもMiu Miuのブラも、マンハッタン女子のコメディ ドラマを演出する平凡な小道具になる。ありのままを見せれば済むときに、なぜわざわざ照明に骨を折る必要があるだろうか? シワがあって、多少傷んだ箇所があって、愛してくれた持ち主の物語が染み込んでいることが魅力なのだから。
Hazel Cillsは、『Jezebel』のカルチャー レポーター。『The Los Angeles Times』、『Pitchfork』、『ELLE』、『The New York Times Magazine』、その他多数に記事を執筆している。ブルックリンを拠点に活動
- 文: Hazel Cills
- アートワーク: Sierra Datri
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: September 21, 2020