体験レポート:Thom Browneのネイビーブレザー & スキニーパンツ
スーツで過ごしたひと夏の思い出をレンバート・ブラウンが語る
- 文: Rembert Browne

私が関わるほとんどのことと同様に、この話も、ドウェイン・ウェイド(Dwyane Wade)から始まる。『Sports Illustrated』で報じられたように 、元クリーブランド・キャバリアーズのガードは、2017年10月、デザイナーのトム・ブラウン(Thom Browne)とマンハッタンにあるレストラン、チプリアーニで膝をつき合わせていた。そこでブラウンが、ウェイドに対して、2018年のプレーオフでキャバリアーズの選手全員にThom Browneのスーツを着せるというアイデアを提案した。このアイデアは、当時ウェイドのチームメイトで永遠の盟友である、レブロン・ジェームズ(LeBron James)に引き継がれた。レブロン自身がThom Browneの服を愛用していたからだ。そうしてレブロンは、全チーム メンバーのためにスーツを購入した。
時は過ぎ、2018年NBAファイナルの2回戦。チーム全員がThom Browneを身につけており、中でもレブロンは最も印象的なシグネチャのジャケットにショートパンツのスーツで登場した。2週間後、NBAドラフトが行われ、ガードのトレー・ヤング(Trae Young)が、ダラス・マーベリックスにドラフト指名された。(そして、私の故郷のアトランタ・ホークスにトレードされている。)ステージに上がった彼は、ワインレッドのThom Browne風のショートパンツのスーツを着ていた。
ブレザーとショートパンツの組み合わせはすっかりトレンドになっており、当然のように、私もちゃっかりこのThom Browneの波に乗った次第だ。私は、名刺より若干大きい程度の表札を掲げたThom Browneの店舗と思しき所まで歩いて行った。ウィンブルドンの時期だったので、全身白の服で行った。そして、緊張してトライベッカの呼び鈴を鳴らす。はじめて鳴らす店の呼び鈴だ。そのドアの向こう側で待ち構えるものに、ワクワクすると同時にドキドキしている。
迎えられて中に入る。店員は私の名前をすでに知っている。水が来て、それからスプライトが運ばれてくる。チャコール グレーのふかふかとしたソファに座ると、すぐに映画『D2 マイティ・ダック』のワンシーンを思い出した。ゴールドバーグ、エイヴァーマン、ジェシー・ホール、そしてカウボーイのドゥエイン・ロバートソンが、アーロン・スペリング(Aaron Spelling)の孫のふりをして、でまかせを言ってビバリーヒルズの高級ショッピング通りのショールームに入っていくシーンだ。彼らは中に入れてもらえ、驚くほど手厚くもてなされるのだが、結局、正体がバレて追い出されてしまう。
私も、本来の目的を果たすことも叶わぬうちに、自分の化けの皮が剥がれてしまうだろうと思っていた。その目的とは、自分用のThom Browneのスーツを作るために、寸法してもらうことだ。トム・クルーズ(Tom Cruise)、ミリー・ボビー・ブラウン(Millie Bobby Brown)、 ウィズ・カリファ(Wiz Khalifa)からエディ・レッドメイン(Eddie Redmayne)まで、数々のセレブリティが同じデザイナーの服を着ている。2017年のグラミー賞でのチャンス・ザ・ラッパー(Chance The Rapper)、CFDAファッション・アワードでレザーの手袋をしていたアンセル・エルゴート(Ansel Elgort)、そして空港でパパラッチされたザ・ウィークエンド(The Weeknd)、オバマ大統領の2期目の就任式でのミシェル・オバマ(Michelle Obama)もそうだった。
Thom Browneのシルエットは、スリムで短い着丈と、その動きやすさで知られている。いわばテーラリングという形のシェイプアップだ。彼のデザインは、明白にアメリカを彷彿とさせるものではないし、ブラウンがペンシルバニア生まれのアメリカ人であることを明確に表現するものでもない。名前のThomに「h」が入っているせいで、さらにアメリカ人っぽくなく見える。だが、賢明なデザイナーがあしらった、Thom Browneの新しいアイコンである赤、白、青のグログランのストライプを見ると、印象ががらりと変わる。言うなれば、「我々はアメリカだ、かつての世界ヘビー級チャンピオンだ」とばかりに、胸に旗を掲げているようなトーンに変わるのだ。
こういうことをすべて考えていたのは、後になってからだ。というのも、そのときの私は、ミス・ローズという黒人の女性に圧倒されていたからだ。ミス・ローズは私の寸法を測ってくれていた。ミス・ローズは、長袖のグレーのThom Browneのドレスになったシャツを着ていた。ミス・ローズのおかげで、私はローマ法王に拝謁するための服を仕立ててもらっているような気分だった。ミス・ローズは、ローマ法王だった。
以前にもスーツを仕立ててもらったことは確かにあるのだが、今回の感じは違った。寸法を取っていくうちに、スーツが私の標準サイズから、私の身体そのものへと変わっていった。私はパワーレンジャーに出てくるザック・テイラーのごとく、生身の人間からブラック・レンジャーに変身した。
1週間後、私は仕上がったスーツを取りにThom Browneへ戻った。試着してみると、本当にすばらしい着心地だった。強くなった気がする。その着心地は、これまでにスーツを着た体験とは似ても似つかない。重みがあるにも関わらず、重くない。生地は分厚くしっかりとしていて、これまで着た服のどれよりも上質だ。万年デビットカードから、富裕層向けのチェイス サファイアのクレジットカードにアップグレードするのに似ている。だが、何よりも特筆すべきは、私がスーツの中で動いていないということだ。スーツが私に合わせて動いている。むしろ、スーツが私を動かしていると言っていい。これまでにも、自分が「イイ感じ」だと感じたことはある。カッコいいと感じたことさえある。だが、自分をこれほど美しいと感じたことがあるだろうか?ない。私はゆっくりと、アニモーフのごとく、別なる自分に変身していった。
スーツに加え、私はThom Browneの白いボタンダウン シャツとネイビーのネクタイ、そしてThom Browneの靴、そしてテニス ラケットのミニチュアのようなネクタイ ピンを持ち帰った。スーツの入ったグレーの袋も美しく、こんなものが自分のアパートにやってくるとは信じられなかった。
家に着くと、私はそれをハンガーにかけた。これが7月3日のことだ。それから数日が経ったが、それを見るたびに、それが自分の物だというだけで、にやけてきた。毎朝それを横目に見ながら、T シャツや半ズボン、長袖のクルーネック、似非アスリージャーなライフスタイルにおける定番アイテムの数々の中から、その日着る物を選んでいた。7月半ば、私は2週間以上にわたる長期のロサンゼルス旅行のため、荷造りをしていた。暑い日用、寒い日用、ビーチ用、役員会用と、あらゆる場合に備えて服を詰めた。すべてのパッキングが終わると、最後にもう一度、荷物をすべて見直し、クローゼットを開けた。そこにそれはあった。私はクローゼットを閉め、空港へ向かった。

Rembert Browne 着用アイテム:ブレザー(Thom Browne)、トラウザーズ(Thom Browne)
7月20日、ニューヨークに戻ってくると、かれこれThom Browneのスーツを手に入れて3週間近く経っていた。でも、まだそれは袋に入ったままだった。スーツを着るにふさわしい理由がなかったのだ。だが、その次の日にはあった。結婚式である。おめかしするときが来た。私はすべてのThom Browneのアイテムを身につける。スーツは私を抱擁し、私に抵抗しなかった。
結婚式のあと、私はいつもやる結婚式後のルーチンの準備をしていた。週末に着たスーツのダメージをチェックして、スーツに詫びながら、クリーニングに持っていく。私は衝撃を受けた。確かに、白いシャツは首まわりの汗と女性のメイクのせいで少しやられていたが、このスーツはどうか…。スーツ自体は、ほぼ完璧な状態だったのだ。シャーペイがツーピースになったような皺はまったく見られない。ドライクリーニングは必要なし。私はそれを再びハンガーにかけた。
数週間の旅行を終えてニューヨークに戻ってきた私は、オフィスを持たないフリーランサーだ。ここ数日は、異なる場所で3時間ごとに別の仕事があり、ノートパソコンと複数のメモ帳を持って出かけることになっている。通常は、まず自分の家から最も離れたところから始め、徐々に、近所に戻ってくるようにしている。
その朝は暑かったが、耐えられないほどの暑さではない。80年代のR&B風シャツや短パンはどれも魅力的に感じられなかった。普段の私は、人の注意をひいたり、ウケ狙いだったり、賛同を求めたり、あまりにレアな1品のために羨望の的になるような、強い主張をする服は着ない。だがこの朝、私はあの、完成された作品然として人前に立つ感覚が恋しくなっていた。あのスーツを着ることは、ラグジュアリーの深淵と信頼の極致を体験することを意味した。あのスーツは目的を与えてくれた。だが、こんな風に着てよいものだろうか?ただの水曜日にThom Browneを着ても?
このスーツが、自分の立場を素直に肯定できないインポスター症候群を引き起こしていることに、私は衝撃を受けた。このスーツを着た私はどこに向かうのか人から尋ねられるだろうか?あるいは、誰と会うのかと問われるだろうか?その後何をする予定なのかは?誰が亡くなったのかは?この瞬間に私は気づいた。おそらく、私は自分ではない誰かになろうとしているのではない。ひょっとすると、私は長い間、たまには違う自分になりたいと望んでいただけなのではないか。他人の考えが気になっていただけだと結論を出すのは簡単だ。だが、その代わりに、自分は自分自身に満足しているのかを自己分析し、自ら進んで不快な思いをすることになる。私の服は、常に私の人格の延長にあり、私は常に人から見られたいと思っていたが、服で何かを主張することに対しては、常に居心地が悪かった。
寸法を取っていくうちに、スーツが私の標準サイズから、私の身体そのものへと変わっていった。私はパワーレンジャーのザック・テイラーのごとく、生身の人間からブラック・レンジャーに変身した
その朝に決めかねて、却下されて積み上がったT シャツを見た。そして私は無地の白のT シャツの裾をスーツのズボンに入れて、スーツのジャケットをさっと羽織り、白のロートップ スニーカーを履いて、色の褪せたブルーのキャップを被った。これは、ケイティとコナーの結婚式で貰ったもので、「Katie and Conor are my friends.(ケイティとコナーは僕の友達)」と書いてある。
私はまっすぐ行きつけのKinfolkに向かった。しばしばバーやパーティー会場にもなるカフェだ。そこには馴染みの顔が揃っていた。私の服に対するコメントは、当惑とはまた違うもので、そのトーンはむしろ「それ、いいじゃん」という感じだった。バスに乗り、電車に乗り、Lyftに乗り、スーツ姿でそのすべてを楽しんだ。服を汚すことなく、ご飯を食べた。マック・ミラー(Mac Miller)とYGの話を聞きに、2つの会場へ足を運んだ。
その翌日は、午後にパネリストの仕事があった。ステージに座って人々の注目を浴びるのは、最高の気分だった。それからブック パーティーに行ったのだが、そこでダンス パーティーの2倍は汗だくになった。相変わらず、見た目に問題がなかったので、私はそのまま平日の夜のクラブに向かった。
その次の週、私はスーツを3回着た。1度目は上映会。2度目は週半ばに開かれた結婚式で。そして最後のとどめとして、スーパーに行った。Thom Browneの靴、Thom Browneのスラックス、そして破れた『ため息つかせて』のT シャツという格好だ。それがいい感じに見えたかはわからないが、ひとつのスタイルとして、それは確かにキマっていた。ブラウン ミーツ ブラウン、2018年春夏シーズンだ。冷凍食品売り場が、私のランウェイである。
翌日、スーツをドライクリーニングに持って行くとき、私は子どもを初めて学校に送り出すような気持ちになっていた。思い出せる限り、私はずっとせっかちな性格だった。何でもできる限り早く済ませたい。しかも時間ギリギリでやる。だが自分の中で何かが変わっていた。全体として、ある種の冷静さと落ち着きが生まれ、ゆったりとした心持ちになっている。カウンターの反対側の男に、私は時間がかかっても構わないと言う。「急ぎじゃないから」
Rembert Browneはアトランタ出身のライター。ニューヨーク在住
- 文: Rembert Browne