体験レポート:Bao Bao Issey Miyakeのブラック スモール カートン S メッセンジャー バッグ

トニー・トゥーラティムーティーが、心のお荷物、別れ、耐えられない「軽さ」を語る

  • 文: Tony Tulathimutte
MARKET RESEARCH: BAO BAO ISSEY MIYAKE’S “BLACK SMALL CARTON S MESSENGER BAG_2

先ず最初に、包み隠さず言おう。僕の外見は、どこをとっても基本的にダサい。シャツを選ぶときの第一基準は、確たる形のない僕の体を隠せる、同じように確たる形のないシャツであること。パンツを選ぶときの第一基準は、たっぷり入る複数のポケットが付いていること。Twitchのフォロワーは38人しかいないし、お笑い芸人並みのファッション感覚しかない。おまけに最近、シャワーを浴びなくても、帽子でごまかせることに気がついた。このエッセイを書くにあたって、いかにも雄弁を装うことはできるかもしれないが、「クチュール」に関する知識や理解は、何ひとつ持ち合わせていない。そう率直に認めるほうが、気が楽だ。視覚芸術、然り。建築、然り。とにかく形が関係するもの全般に、僕は縁がない。

ところが、今、僕の頭にあるバッグは「形状」が真髄だ。デザインしたのは、広島生まれのIssey Miyake。光沢のあるビニール コーティングの黒い三角形パネルをモザイク状に組み合わせたこのバッグは、折れ曲がったり、膨らんだり、へこんだり、あらゆる種類の数学的形状に形を変える。パネルの隙間に挟まれたジッパーを開けば、どことなく唇を連想させる。本体に比べると随分とシンプルで長さの調節が可能な細いストラップは、シートベルトと同じ波型模様のウェビングで、新車の匂いがする。ライニングされたインテリアには、ジッパー ポケットとストラップの長さを調整するためのメタルのパーツしかない。小さいから、大容量のペットボトルもワインボトルも、本もラップトップも入らない。つまり、僕の用途の90%には使えない。が、女ターミネーターか「ズラタ」という名前の女性にはよく似合う気がする。

僕でさえ、ファッションがゲシュタルトであることは知っている。だから、このバッグが発散するいかなる高級な雰囲気も、ポケモン キャラクター「ニャース」がついた僕の財布を引っ張り出した途端、雲散霧消することもわかっている。実際のところ、似合わないバッグを持っていると、持っていないときより、もっとみすぼらしく見える。冷静に考えれば、落ち着かない気分にさせるモノにわざわざ大枚650ドルをはたくなんて、まったく意味がない。それを言うなら、所有される物体が所有者を落ち着かない気分にさせるなど、まったく筋が通らない。どんな人種がそれを挑戦と考えるか、想像はつく。だが、間抜けな僕はそんな人種に属さない。

僕は元来、鏡の前であれこれチェックすることが好きじゃないから、どんな野次や嘲りの表情に出くわすか、とりあえずバッグを持って出かけることにした。カジュアルに装ったニューヨーク族の中では浮いているような、もっとシックな着こなしの人たちの中では鼻であしらわれているような、両方の気分を同時に感じながら、列車に乗り、ジムへ行き、バーへ入った。ある晩は、レバノン出身の彫刻家のアパートで開かれたディナー パーティーへ持って行った。内心、デートになるかも…と期待していたが、彼女がベルギー人のボーイフレンドを同伴するにいたって、望みは砕かれた。そのベルギー人のボーイフレンドはスロバキア人とオーストリア人の友人を連れて来たが、全員がバッグに熱烈な興味を示し、ふたを開けてみれば、全員がプロのデザイナーだった。ひとりの女性が、素材を革新し続けるファッション デザイナーはミヤケしかいないと褒め称えた。続けてPVCが話題になると、会話は瞬く間にドイツ語一色になった。その夜、一人ぼっちの僕はマリファナで朦朧としたまま、近所のコンビニへ行った。そしたら、レジ係に声をかけられた。「そのバッグ、かっこいいね。誰の?」。親切心だったのはわかるが、僕にとってはトドメの一撃だった。

女ターミネーターか「ズラタ」という名前の女性にはよく似合う気がする

このバッグを持って人前に出ると、『外套』の主人公アカーキー・アカーキエヴィチと、人の考えていることが聞けるようになったバンパイア キラーのバフィーから生まれた、交配種の気分だった。正直言って、この数か月は惨めな出来事の連続だった。先ず、すったもんだの挙句にガールフレンドと別れることになり、次に病気になり、保険で揉め、事態はさらに悪化した。そこで、それ以上に不必要なストレスを避けるため、僕はこのバッグを普通のもっと大きいメッセンジャー バッグに入れて持ち運ぶようになった。ちなみに、「男性用 メッセンジャー バッグ レザー 安い 良質」でグーグル検索して、ウィスキーのポケット瓶と薬ケースを入れるポケットを条件に選んだメッセンジャー バッグだ。

Bao Baoバッグを持ち歩く自信は持てなかったが、それについて色々と調べるのはとても面白かった! 抗鬱薬のおかげで、どうにかどっぷり鬱状態に沈むのを持ちこたえているときはいつもそうだが、僕はグーグルで検索しまくった。三宅一生というデザイナーは、ファブリックの製造だかなんだか、そっち方面の技術革新で有名らしい。だが、僕みたいなだらしない人間は、彼がスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)お決まりのモック タートルネックをデザインしたことのほうに驚かされた。スティーブ・ジョブズのタートルネックが、不吉なサイコグラフィックの最適化アルゴリズムで生成されたものではなく、人にデザインされたこと自体が驚きだった。一般消費者向けの公式製品名は「セミダル T」。Bandcampの僕のアカウント名と同じ。ジョブズは、一生分として100枚以上を注文した。

次に、Bao Baoという名前について。遠縁の親戚に新年の挨拶を送れる程度の僕の中国語から、団子(あるいはお尻)の意味だろうと推理したが、友人のジェニーに言わせると、「Bao」には、「バッグ」をはじめ、いくつかの意味があるらしい。5歳の少女や金持ち女子は可愛らしく「Bao Bao」と言うんだそうだ。だがもっと後になって、本当はタイ語で、「軽い」を意味することが判明した。 東アジア全域における人気、特に中国とタイでの人気を考えると、全アジア的に曖昧な命名はこのバッグにふさわしい。10年前、 タイの王女たちや航空会社の客室乗務員が持ち始めたのがきっかけで、流行が始まったという。

さて、抗鬱薬の服用を止め始めるときに最悪なのは、いざ眠ろうとすると、歌詞の一部やフレーズが頭の中で渦を巻き始めることだ。今回は全部、「バッグ」という言葉が入った言い回しばかりだった。すべての言い回しに共通する中心的な要素は、基本的な心の在り様みたいだった。所有、攻撃、欲望一般…人間が背負うお荷物だ。年老いた海亀のように聞こえることを承知で言うなら、ティーンエイージャーたちは、落ち込んで感情的になっている状態を「自分のバッグに入っている」と形容する。

確かに僕も、このバッグのせいで「自分のバッグに入って」いた。そして2週間後、このバッグは僕の机の薄暗い片隅へ移された。近藤麻理恵が丸められた靴下を目にして「こんな風に丸めたら靴下が休息できない」と感じるように、僕もバッグに対して人に向けるような憐憫を感じ始めていた。魅力を放ち、使われ、羨望され、価値を理解してくれる所有者のスタイルを際立たせるはずの、高価なバッグがここにある。そして、間抜けなドラゴンか何かのように、意味のない戦利品をしまい込み、埃がかぶったまま放置している僕がいる。この次のデートの相手にプレゼントして驚かせれば?と提案する友人もいたけど、どんなもんだろう。 誰にせよ、僕とデートする女性はボーナスを貰って当然かもしれないが、最初のデートで650ドルのバッグをプレゼントする、それもいかにもフェチっぽい光沢のバッグをこの僕がプレゼントするのは、なにやら異常な願望を告白する直前の準備のような感じがする。だが、友人は正しい。バッグの所有者は僕かもしれないが、僕のものにはなっていない(「そのバッグ、かっこいいね。誰の?」)。このバッグを持とうと思ったら、僕は完全に違う人間、できれば今よりより優れた人間になる必要がある。だがそうなるほどの元気が、僕にはない。

近藤麻理恵が丸められた靴下を目にして哀れみを感じたように、僕もバッグに対して人に向けるような憐憫を感じ始めた

丁度その頃、別れたガールフレンドからメッセージが来た。アパートに残っている自分のものを引き取りにくるという。ムード リングを指にしていたら、さぞかし馬鹿げたストロボ並みに色が変化したことだろう。3か月前に別れて以来音信不通だったけど、別に仲違いしているわけでもないし、 僕はいまだに彼女のInstagramをフォローしてるし、なんと言うか、問題はまったくない。ここ何ヶ月も触っていなかった戸棚を開けてみる。いかにも図書館勤めの彼女らしく、きちんと整理整頓された戸棚から、彼女のバックアップ用の黒いドレスを取り出す。全てが黒一色のワードローブを、彼女は「高級ゴス」と呼んでいだ。スマートで、ブラックで、角ばっていて、今にもサイバネティクスの黒光りするカラスに変身しそうなBao Baoバッグに、まさにぴったりの表現ではないか。

悔しいが、明らかだ。このバッグは僕のものじゃない、彼女のものだ。彼女はそれを善意と解釈するかもしれない。それならそれでいい。あるいは、僕が別な形で彼女を支配しようとしていると思うか…いずれにせよ、タダの高価なプレゼントを断るはずがないと確信できる程度には、僕は彼女を知っている。僕はバッグに入れ始める – タイツ、足のムダ毛用レーザー、「BLACK MAGIC」とアイロン プリントしたコットンのパジャマ、彼女が出て行った後に憂鬱な顔で1、2度匂いを嗅いだことがあるシャンプーとリンス、ビタミンCの錠剤、フェイス マスク、中身のない指輪の箱、グリーン ティー味のリップ クリーム、洗顔クレンザーの小瓶、記念品のコ-スター、お湯が真っ黒になる珍しい浴用発泡剤の容器。「軽い」と命名されたバッグのわりに、随分と最後は重くなってしまったけど、このバックにようやく出番が回って来たわけだ。

Tony Tulathimutteは小説『Private Citizens』の著者であり、ブルックリンの文章教室CRITの創設者である

  • 文: Tony Tulathimutte